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2014年4月20日 - 2014年4月26日

2014年4月24日 (木)

4月24日は、あのビールでお世話になった「志布志の日」。地名だけじゃない冗談のような本当の話。

昨日4月23日は地ビールの日でしたが、今日4月23日は「しぶしの日」

鹿児島県にある志布志市が制定した記念日だそう。

志布志市志布志町志布志の志布志市役所志布志支所の看板

志布志市といえば、サンクトガーレンをご存知の皆様にはお馴染のこのビール

昨日“地ビールの日だから”とこのビールを飲んでいた方を何人か見かけましたが
まさに2つの記念日を一緒に御祝いした感じですね、笑。

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今回このビールの企画に際しては志布志市役所の方にも全面協力を頂きました。
あらためて感謝申し上げます。

志布志市志布志町志布志は冗談のような本当の話がもう1個あって(1個目は地名そのもの。笑)、県立志布志高等学校の体育祭は玉入れに普通では無いあるものを使います。

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これが実際の写真なのですが、何だか分かりますか?

答えは松ぼっくり!

当たると痛いので、下でカゴを支える人はヘルメット必須なんだそうです。

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今年こそ収穫なるか!?工場で栽培中のホップの様子 【ホップ6倍使用“超IPA”復活】

サンクトガーレンは毎年夏の終わり頃に山梨県の農家さんにホップ摘みにお邪魔しています。
ホップ摘みの様子 

ホップはビールの苦味と香りの基になる主原料で、ハーブの一種。

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農家さんから株分けして頂いた苗を一昨年から工場横で育てています。

ホップはツル状の植物で、春夏はぐんぐん物凄い勢いで伸びていきますが・・・
(グリーンカーテンとして活用されている方もいます)

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秋には枯れてしまいます。

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そして冬を越し…

また春に息を吹き返し…

4月の頭には支柱の半分程度だったツルが、もうてっぺんにまで到達!

会社で育てているホップが物凄い勢いで伸びてきました!

昨年は収穫には至らなかったので、今年こそいける予感が!

サンクトガーレンのビールの中で1番ホップを使っているレギュラービールはYOKOHAMA XPA
通常の4倍のホップを使用しています。



そして、このGW、さらにその上をいく6倍のホップ使用の超IPA(ちょうアイピーエー)が限定復活します!
4月25日~5月6日 横浜赤レンガ倉庫のフリューリングスフェスト2014と、5月2日~6日 駒沢公園の肉フェスでお飲み頂けます。

ホップ大量使用ビールならではの華やかな香りと鮮烈な苦味をぜひ!

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2014年4月23日 (水)

【4月23日は地ビールの日】 知っていますか?20数年前、日本に地ビール(クラフトビール)が無かったことを。

ビール好きの皆様、今日4月23日は何の日かご存知ですか?
今日4月23日は地ビールの日

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この記念日は、日本地ビール協会を中心とする「地ビールの日選考委員会」によって
1999年に定められた記念日です。

1516年4月23日にバイエルン国王ウィルヘルム4世が発布した「ビール純粋令」により
ビールの原料が水、ホップ、大麦・小麦の麦芽、酵母と定められ
“ビールとは何か”が世界で初めて明確に定義されたことに由来します。

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今、日本では200を超える地ビール会社が各地でビール造りを行っています。

クラフトビールという新たな呼称ができ、世界の大会で入賞を果たすビールが生まれ、
“第二次地ビールブーム”と言われるほどの盛り上がりを見せています。

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でもほんの20数年前、日本には地ビール(クラフトビール)が存在していませんでした。
私たちが造りたくても、造ることが認められていなかったのです。

Chapter2 〜Determination 決意〜

日本で地ビールがつくれるようになったのは1994年。
いわゆる“地ビール解禁”以降のことです。

地ビールは何の前触れもなく突然造れるようになった訳ではありません。

その背景には日本の産業規制との戦いがありました。



「それはもう衝撃的な美味しさで、これまでの人生損していたと思った」

90年冬、アメリカで生まれて初めて地ビールを飲んだサンクトガーレン先代の
岩本光生(享年72歳)はそのときの感動をそう語ります。

そして、なぜこんなビールが日本にないのかと、
すぐさま彼は息子(岩本伸久/現当社代表取締役)らとともに
日本でビールづくりの道を模索し始めます。



「これ以上ビール会社はいらない」

当時、財務省が言い放ったセリフで、その理由を示す書類には
“酒税の安定確保のため中小ビール会社の乱立は好ましくない”
というようなことが書かれています。

ビールを造るには免許が必要です。当時、その免許を取得するためには
年間2,000キロリットル以上のビール製造が求められていました。

それは大瓶に換算すると約316万本、1日に約8,700本を売らなければいけない計算です。
これほどの量のビールを造って販売できる会社はそうはなく、
当時日本ではビール業界への新規参入は実質的に不可能でした。

Chapter3 〜Turning point 転機〜

「日本でつくれないなら、アメリカでやればいい」

93年、当社は地ビールの盛んなアメリカでビール免許を取得し
サンフランシスコにブルワリーを設立。

日本人がアメリカでビールづくりをはじめた情報は
TIMEやNewsweekなどの現地メディアで話題となりました。



「ビールづくりの夢はかなった。ただしアメリカで」

日本人がアメリカでビール会社を立ち上げたニュースは、
やがて日本のメディアにも飛び火します。

テレビのコメンテーターや世論はこぞって
「日本人が日本でビールを造れない」状況を糾弾するようになります。

それがきっかけとなり、94年にビールの免許取得のための基準が
2,000キロリットルから60キロリットルへと大幅に引き下げられました。

これがいわゆる“地ビール解禁”、日本のクラフトビールの幕開けです。

もし、あの時…

もしあの時、日本の産業規制と戦う人間がいなければ
日本でこんな風に地ビール(クラフトビール)を楽しめる日は来なかったかもしれません。

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そんな歴史に想いを馳せながら、地ビールの日に乾杯!


関連情報
 

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